35mm判レンズシャッター式カメラ 画面サイズ 24×36mm
巻き上げ:レバー巻上げ、セルフコッキング、巻き上げ角180度
レンズ:カラーヤシノンDX 45mm F1.7 4群6枚構成
距離調節:二重像合致式連動距離計、基線長34.5mm 最短撮影距離 0.8m
ファインダー:二重像合致式一眼式レンジファインダー0.65倍、ブライトフレーム式
視野率85%、パララックス自動補正
シャッター:コパルエレク#00、電子制御レンズシャッター
B、AUTO(30~1/500秒)マニュアル1/30秒、セルフタイマー付き
フラッシュ(1/30秒)から選択。
露出計:CdS外部測光方式、中央重点測光、絞り優先AE。フィルム感度ISO25~1000
シンクロ:ドイツ式X節点 バッテリー:H-4N型水銀電池5.6V
ボディ:ダイキャスト 寸法:144(W)×90(H)×75(D)mm 重量:763g
発売時価格:21,400円
今、カメラの電子化は常識化しているが、そのパイオニアは一眼レフではなくレンズシャッターカメラであった。電子シャッターをいち早く取り入れ、絞り優先AEを可能にしたカメラがヤシカエレクトロ35であり、「ローソクの光でも写る」という名コピーを生んだカメラ。
同じ頃オリンパスも電子シャッターを使ったカメラを開発していたので、とにかく先にいくことが至上命令だった。このため、ヤシカハーフ17をベースに、コパル・エレク電子シャッターを搭載した国産初の電子シャッター付き、絞り優先カメラ「ヤシカ・エレクトロハーフ」を出した。受光素子にCdSを採用、コンデンサー充電式でエレクトロ35の基礎を築いた。このエレクトロハーフは約半年しか生産されなかった。
1965年に製品化された電子シャッター、コパルエレクを付けて1966年にエレクトロ35発売された。CdS露出計は、電子制御式でメーターがなくなり、衝撃に強くなったことがアピールされた。
ヤシカのエレクトロ35という名がついたカメラは全部で16種類あり、1966年2月から1976年まで10年間以上販売された。
エレクトロ35は絞り優先AEを初めて電子シャッターで実現したカメラ。当時のテレビCMで、「ロウソクの光でも写る!」のがヤシカエレクトロ35の特徴だった。
最初のエレクトロ35が登場したのは1966年で、この時代のカラーネガフィルムの感度はISO100がやっとで、カメラの機能に多くが求められていた。
ボディデザインはGKで、エレクトロハーフも同じくGKのデザイン。
エレクトロ35は10年間でモデルチェンジを繰り返しながら人気を確保し、シリーズの累算台数は800万台を軽く超えるという。
自動化の基礎を築いたカメラである。
[掲載文献]
名機を訪ねて P221
写真工業 2005年5月号 V0l63 №673 P31
カメラの歴史散歩道 P51
日本のカメラ P131
20世紀☆カメラ1950~2000 P37
[エレクトロ35シリーズ]
エレクトロ35 | 1966年 | |
35P | 1968年 | |
35G | ( 〃 ) | Gはゴールドメカニカの意。接点のロジウムを金メッキに改善 |
35GT | 1969年 | 35Gのブラックモデル |
35GS | 1970年 | ヤシノンDXレンズをカラーヤシノンDXに変換 |
35GT(S) | 1970年 | GSのブラックモデル |
35CC | 1970年 | コニカC35に刺激を受け小型化。 シリーズ中唯一35mm F1.8レンズを装着 |
35MC | 1972年 | 唯一の目測式。小型化のためシャッターをコパルEJに換装 |
35GSN | 1973年 | 35GSのホットシュー装備機 |
35GTN | 1973年 | 35GSNのブラックモデル |
35GL | 1973年 | GSNの小型化機 露出計の受光部をシリコンフォトセルとしたもので、露出も4秒から1/500秒まで無断階となった。レンズも45mmではなく40mm F1.7となっている。 |
35CCN | 1973年 | 35CCのマイナーチェンジ機で仕様の違いは無い |
35FC | 1973年 | フラッシュとの連動を重視 |
35GX | 1975年 | シリーズの最終機。35GLを更に小型化 |
35MG-1 | 1975年 | 海外向けに作られたエレクトロ35。シリーズの事実上の後継機だが、香港で製造されたので、日本からの輸出モデルではない。 海外ではMG-1の後継機としてMG-2が販売されているが、プラスチック外装の似ても似つかないものとなっている。 |