2019/10/18

M3 2ストローク初期型 1955年


1954年開催のフォトキナに出品、即日発売(全世界の代理店を通じて5000台)され、世界中に大センセーションを巻き起こした。バルナック型の部分的改良ではなく、全て新設計で画期的な機構を多く備えていた。
M3の語源は、3種類のフレームを持つ計測ファインダー・カメラ(Mess-Sucher-Kamera)である。
ライカM3の最大の特徴はそのファインダー・システムにある。距離計とファインダーが合体した一眼式となり、倍率は0.91倍と現在までのライカM型の中で最も倍率が高く、このため測距性能が最も良い。ファインダー中央部の二重像合致式の距離計部は、実像式で二重像部の縁が鮮明であるため、この部分を上下像合致式として測距すると、測距性能は2~3倍も高くなると説明されている。
採光窓を持つブライトフレームは、50mmレンズ用枠が常時表示され、レンズを交換すると90mmと135mm用枠のフレームが自動的に表示される。

巻き上げ:レバー巻上げ。初期型は二回巻上げ。
フィルムカウンター自動復帰(195年№919251から一回巻き上げ)
シャッター:布膜フォーカルプレン B、1~1/1000秒 一軸不回転、倍数系列。
ファインダー:採光式ブライトフレーム(0.91倍、ほぼ等倍)パララックス自動補正式
50、90、135mmのレンズに対応したフレームが出る。
ピント調節:一眼式二重像合致式連動距離計(実像式)基線長68.5mm
マウント:バヨネット式。
フランジバックがバルナック型より1mm短いので旧レンズが使える。
大きさ・重さ:13.8×7.7×3.5cm(ボディのみ)、845g(エルマーf3.5付き)
発売当時の価格:170,000円(1964年ズミクロンf2付き)
開発の中心者:ヴィリ・シュタイン

1968年までに214,744台製造された。そのほとんどはシルバークロームだが、約3000台のブラックペイントが作られた。アンリ・カルティエ・ブレッソンがシルバーのボディに黒いテープを貼って、目立たなくしていたのを見かねた当時のライツ社が黒塗りを作ったといわれる。
ライカM3は製造番号700000からスタートし、1966年1206999番で製造が終了している。
生産期間中改良が続けられ、1956年785801番からファインダー・フレームのセレクター・レバーが備わり、1957年854001番からシャッター速度系列がそれまでの不等間隔刻みから、ほぼ倍数に揃った等倍式に変更、またストラップ吊金具の形状が変更、1958年919251番からは、それまでの2回巻上げから1回巻き上げに変更になった。1958年にM2が登場すると二重像の上下に幅の異なる切込みが入った。これは絞りによる焦点深度の幅を示していて、移動体の撮影などに便利になった。


[掲載文献]
ニコンとライカの研究 だれも書かなかったライカ物語
撮るライカ 極上カメラ100 P8
カメラの歴史散歩道 P96、156、164、173 クラシックカメラの世界 P30
世界ヴィンテージ・カメラ大全 P18 銀塩カメラ至上主義 P278
写して楽しむクラシックカメラ Part1 P75 こだわりのカメラ選び Part2 P50
ノスタルジックカメラ・マクロ図鑑 Part1 P16
中古カメラウイルス図鑑 P44 あれも欲しいこれも欲しい P79
中古カメラの愉しみ P73 神立尚紀 図解・カメラの歴史 P88
20世紀☆カメラ1950~2000 P11 カメラスタイル22 「軍用カメラ」 P59
写真工業 2008年11月号(Vol66 №715) 「ライカM3の官能的魅力」 P58
図説 カメラの歴史 P150